「・・・」
「産みたい、お願い」
「・・」
「迷惑かけないから」
迷惑かけないっていったって、そんなことできるわけがない、
「だめだ、堕ろせ」思わず、うわずった声で怒鳴るように突き放した言い方をする自分がいた。うろたえていた。

黙って、うらめしそうにこちらをみる雅美の目がうるんでいた。
「おかあさん、ちょっと足痛めちゃった」正男が戻ってきた。
「大丈夫?」きまずい雰囲気は中断した。
靴を脱がせて湿布をしてあげた。
「じゃあ、帰ろう」
 帰りの車の中で雅美はじっと下を向いていた。
アパートに着いた。
いつもなら、正男を実家に行かせて、雅美のボリュームのある肉体をたっぷり味わうパターンだった。
が、「これから、病院に連れていくから」と正男を連れてさっさと出かけてしまった。
 
その夜、家に帰ったとき、女房が珍しく、今夜は子どもたちとお寿司食べに行こうと言った。
「う、うん」
回転寿司にした。二人の娘は、お父さんありがと、無邪気にほおばってる。
女房もにこにこしながらもぐもぐしてる。
 ああ、こいつも17年前は処女だった。会社の元同僚で、結婚してから15年、自分が十分仕事できるのも、この女房がいるからだし、尽くしてくれるよい女房だし、模範的なよい家庭だった。
この家庭を壊すわけにはいかなかった。
 
結婚してからも浮気はしたが、職場の人間ではなかったので、ばれることはなかった。
職場では、やさしい真面目な課長で通っていたし、女性社員からは一番人気の上司だった。
しかし、今回は、だめかもしれない、
「あら、パパ、まったく食べてない」娘が言った。
はっとなった。まだ3枚目だった。
「どうしたの?何か心配ごとでも」
「いや、ちょっと仕事のことでね、なんでもないよ」
マグロをほおばった。ワサビが効いていた。脳天までつーんと来た。涙が出た。

その夜、久しぶりに女房のほうから求めてきた。
珍しいことだった。いつもは面倒がって寝ているパジャマ姿の女房の後ろから、パンティを下げて、ずぶずぶやって中だしして終わりって感じだったのだが、自分から脱いで乗っかってきた38歳の女房の裸は、なかなか新鮮だった。
 
女房相手に2発も中だししたのは5年ぶりぐらいだった。腰はすっきりしたが、頭のなかは心配事でいっぱいだった。
「どうしたの?」
「あっ、いや、お前との最初のときを思い出してな」
「うふっ」
胸にしがみついてきた。

浮気しないでね」どきっとした。なにかを感じていたのだろう。
「ああ、もちろんだよ」もう、雅美とは終わりにするしかなかった。が、展望はひらけていなかった。
次の日、雅美は職場に来ていなかった。顔を合わせるのが苦しかったから、内心、ほっとした。
「あれっ、山崎は?」
「なにか、急に年休ほしいとのことでした」
「しょうがねえなあ、急ぎの仕事があったのに」
山崎というのは、私の部下の一人で、おとなしい男で堅物で、35歳になってもまだ独身だった。
何人か、紹介したが、なかなかうまくいかなかった。童貞というもっぱらの噂だった。
 
次の日が、雅美の引っ越しの日だった。
山崎はまた会社に来ていなかった。引っ越しの準備のときに、顔を出すと噂になるといけないからって、すべて業者に手配しておいた。
が、やっぱり気になったので、仕事の時間のあいまに、ちょっと見に行った。
すると、山崎が正男と一緒に引っ越しを手伝っていた。
「あっ、課長」
「おやっ」
「あ、山崎さんにちょっと手伝ってってお願いしたの」エプロン姿の雅美が出てきた。
お腹はまだ出ていない。

「そうか、大丈夫か」
「うん、重い物は山崎さんが持ってくれるから」
「ねっ、山ちゃん」
「課長さん大丈夫よ、山ちゃんが手伝ってくれるから」
「そうか」
なんとなく山ちゃんという言い方にひっかかるものを感じたが、あまり長居もできないので、
「じゃあ、山崎、頼むな」
「はい、課長」
そのまま、職場に戻った。山崎は、結局、一日年休で手伝っていたようだ。

次の日が、雅美の最後の勤務日だった。
「ご苦労様」、餞別を渡した。20万円を入れておいた。堕ろす費用も含めたつもりだった。
トイレですれ違ったとき
「課長、ありがとうございました」
「あれは、どうした?」
「大丈夫ですから、心配しないで」
「でも」
「課長には絶対に迷惑かけませんから」とにこっとした。
「引っ越し先へ行ってもいいか」
「だめ、ずっと好きでいたいから」
「・・」
「お世話になりました」
4月になった。一週間たった。
が、雅美からはなんの連絡もない。休みになったので、やはり気になったから新しい引っ越し先へ、そっとでかけた。
晴れた日だった。
角の向こうから、正男の声がした。
バドミントンをしているらしい。そうか、久しぶりに正男と、そう思って角を曲がろうとした。
あっと思った。正男とバドミントンをしていたのは山崎だった。
しばらくのぞいていると、雅美が出てきた。
「お茶よ」
三人は仲良く家のなかに入った。
ずっと好きでいたいからって言いながら、もうほかの男と、そんな雅美だったのか、怒りと失望がうずまいて、そっとその場を離れた。
 
また一週間が過ぎた。雅美からは、まったく連絡がない。子どもは堕ろしただろうか。
このままだと堕ろせなくなってしまう。そうすれば、俺の子供ってことがわかって、職場でも家庭でも大騒ぎになる。気が気でなかった。

が、新年度だから、やることがいっぱいあって、雅美と連絡がとれないまま、5月の連休が過ぎた。
「課長、ちょっと」
連休明け一週間後のことだった。山崎が私にそっと渡した。
「これをお願いします」
渡された封筒をみると、結婚式の招待状だった。
「おっ、とうとう」
相手をみると、なんと雅美だった。

「親族だけでやるのですが、課長にはぜひ出てほしいって、雅美がいうものですから」
「ああ、それはわかったが、独身の長かったおまえがなあ、彼女となあ」
「じつは、できちゃったんですよ」
「できた?」
「ええ、一ヶ月だそうです」
「一ヶ月というと?」
「実は、引っ越しの夜、したら、それが大当たりで」
「そうかあ、でかした。大事にしろよ」
「ところでお前の血液型はたしか?」
「課長と同じO型です」

すべてわかった。
私は、山崎にすまないと思いながら雅美の計画にのることにした。

6月になった。
結婚式はごく少数で行われた。
司会の同じく部下の小林が、先ほど、ケーキ入刀を二人の初めての共同作業とご紹介しましたが、じつは新婦のお腹には3ヶ月の子がいます。二人の本当の共同作業の結晶です。皆さん、あたたかい拍手をお願いします。

私は、もちろん、心からの拍手で祝福した。
新婦雅美のウエディング姿はきれいだった。
あの豊満な胸を何度も抱いたんだ。あのお腹の中には俺の子どもが息づいている。
丈夫に産むんだよ、そう願った。

 7月になった。妊娠を告白されたスキーの日も雅美を抱いていない。
最後に抱いてからもう5ヶ月になる。
もう一度だけ、雅美を思う存分抱いて、それで別れよう、そう思った。
 
山崎を半月の本社研修に送った。このコースは彼の出世のためにも必要だった。
そうして、雅美の家にでかけた。運良くというか、それを期待してだったが、マタニティ姿の雅美が一人だけだった。
 
抱きしめた。したい、ささやいた。最初はダメダメと抵抗したが、キスをしているうちに次第に燃えてきた。これで本当に最後にするから、そういうとOKだった。
 
安定期に入った5ヶ月のお腹はかなりふくらんでいた。
全身をやさしく愛撫した。
雅美も久しぶりの私のテクニックにめろめろな淫乱な女になった。
ただ、お腹に負担のかからないように、ベッドから両足を出させて、両足をいっぱいに広げたまま立ち膝のままずぼずぼとはめた。
これで最後だからね、そう言いながら中だしで3発終えた。十分満足した。

「幸せになるんだよ」
「はい」
「いつも応援してるから」
「有り難うございました」
 その日、本社の本部長に電話した。
彼は、私たちのもと上司で夫婦の仲人でもあった。
山崎の転勤のことを頼んだ。10月に、山崎は東京本社へ転勤となった。
雅美も正男も一緒に東京へ向かった。
12月に女の子が生まれた。
予定日より一ヶ月ほど早いと山崎は話してくれた。
おめでとう、実際は予定日通りなのだった。私は出産祝いをたっぷりはずんだ。女の子は彩と名付けられた。 
3年後に、山崎は近くの支店に係長として戻ってきた。
あるとき、雅美と一緒に私の職場に正男と彩を連れてきた。
彩は3歳になっていた。とても可愛い顔だちだった。目元が私にそっくりでどきっとした。
雅美のお腹には、今度は山崎の本当の子どもがいた。
 私は本社本部長を最後に2年前に退職した。
山崎は、私のあとがまの本部長になった。
雅美もまた素敵な重役夫人となって旦那を支えている。
彩は22歳、今春、大学を卒業する。
某有名私大のミスキャンパスにも選ばれた美人だ。
 
托卵という鳥の世界がある。カッコウやホトトギスが、オオヨシキリやウグイスに托卵をする。
しかし、オオヨシキリは、常にカッコウの子を育てるわけではない。
雅美は、3人の違う男の子どもを育てている。しかし、雅美にとっては間違いなく自分の産んだ子どもたちだった。
これは、期せずして託卵をさせた相手と子どもの幸せを願う男の懺悔物語でもある。

托卵物語1  2